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【野球部の沿革】

昭和28年4月、米子西高等学校より本校が独立した機会に米工野球部誕生。
昭和34年西尾監督のもと県優勝。その後、望月、木下監督時代、春・秋には強く、ほとんどどちらかで優勝・準優勝、中国大会の常連校の名をほしいままにした。昭和45年より本校OB斉木監督となり、「夏に強い米工」という評価に変わり、遂に47年甲子園出場を果たした。48年以降もあと一歩という年もあったが球運にも恵まれなかった。59年には国体の関係で米工球場が祇園町に移転。専用球場で集中して練習ができることになったが、それ以後の成績は、はかばかしくない。特に昭和63年以降は低迷し「夏に強い米工」は過去の風評と変わってしまっている。現在は、OB会の支援を強化しながら、日々一生懸命練習に取り組み、「夏に強い米工」の復活を目指している。